組織のパフォーマンスを上げるキーワード、「トランザクティブ・メモリー」

「みんなで情報を共有しましょう」とは、ビジネスの場面ではおなじみのセリフですよね。その意味については、「全員が同じ情報を共有すること」だと捉えている人は少なくないと思います。

でも、もしそれが100人いる組織だったら、どうでしょう。
全員が同じ情報を共有することは、効率的でしょうか。

今回は、その疑問に答えてくれる、トランザクティブ・メモリーという概念について紹介します。

大事なのは、同じ情報を共有することではない

たとえば、100人が新しい業務について学ぶことになったとします。このとき、100人がまったく同じことを覚えるよりも、マーケティング担当者は顧客の動向に関する知識を、開発担当者は技術に関する知識をといったように、それぞれが得意分野に特化してバラバラに学んだ後、全員が学習したことを一つにまとめたほうが、知識や情報の量は多くなります。量だけでなく、質も高くなるのではないでしょうか。

ここで注目したいのが、トランザクティブ・メモリーという概念です。

トランザクティブ・メモリーとは、1980〜90年代に、ハーバード大学の社会心理学者、ダニエル・ウェグナーによって確立された、組織学習に関する概念。組織の記憶力(経験によって学習した情報の蓄積)において重要なことは、組織全体が「同じ知識を記憶する」ことではなく、「組織内で『誰が何を知っているか』を把握すること」であるという考え方です。

フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションの重要性

トランザクティブ・メモリーの形成に関する、興味深い研究結果があります。

男女のカップルを対象に行った実験

米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のアンドレア・ホリングスヘッドは、34組の男女のカップルを次の条件で3つのタイプに分け、共同作業をしてもらいました。

  1. 共同作業の際に、会話することも、互いの顔を見ることもできる
  2. 会話はできるけれど、互いの顔を見ることはできない
  3. 会話はできないが、互いの顔を見ながら書面の交換によって意思疎通できる

この中でパフォーマンスが最も低かったカップルは、2でした。つまり、「顔は見えないけど、会話はできる」状態は、「会話はできないけど、顔を見ながら書面で意思疎通できる」状態より、パフォーマンスが悪かったのです。さらに1と3では、作業のパフォーマンスに違いはありませんでした。

つまり、互いの顔が見えていれば、口で話そうが書面でやりとりしようが、コミュニケーションの効果に大きな差がないということが示されたのです。この結果によってホリングスヘッドは、アイコンタクトや顔の表情を通じてのコミュニケーションが、トランザクティブ・メモリーを高めると主張しています。

プロジェクトチームを対象に行った実験

米テキサス大学オースティン校のカイル・ルイスは、米国大学のMBA(経営学修士)の学生261人からなる61チームが、地元で実施したコンサルティング・プロジェクトを分析しました。各チームは、マーケティング・財務・営業・企画・製品開発など、さまざま経験やスキルを持つメンバーで構成されています。

ルイスは各チームのメンバーにアンケート調査を行い、「同チームの他メンバーの専門性をよく知っているか」「同チームの他メンバーから得られる専門知識を信頼しているか」などについて質問。こうして得られたデータを集計することで、

  • 各チームのトランザクティブ・メモリーの高さを数値化
  • プロジェクト終了後のクライアント企業の評価から各チームのパフォーマンスを数値化

しました。

この実験で興味深いのは、「プロジェクトを遂行中に、どのくらいの頻度でメンバー間のコミュニケーションをとったか」を、「メール・電話によるもの」と「フェイス・トゥー・フェイスでの直接対話によるもの」に分けて数値化したことです。

これらの情報を基に統計分析したところ、

  • トランザクティブ・メモリーが高いチームほど、プロジェクトのパフォーマンスが高い
  • トランザクティブ・メモリーを高めているチームは、「直接対話によるコミュニケーションの頻度が多い」チームに限られる

ということが分かったのです。

「誰が何を知っているか」を把握するために

「誰が何を知っているか」の情報をつかむことや、フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションの重要性について、思い当たる話がいくつかあります。

以前、企業の職場環境改善をサポートしている人が、「依頼を受けた企業でヒヤリングをすると、『昔は職場内をフラついて、役割や部門を越えておせっかいをする“フラフラおじさん”がいた』とよく聞く」と話していました。業務のムダが見直され、生産性向上が叫ばれる昨今、こうした“暇そう”な人は消えて行きました。ですが、ムダな時間を過ごしていたように思われていた“フラフラおじさん”は、実は職場の問題点を把握していて、部門と部門をつなぐ役割を果たしていたというのです。

また、早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏は、かつて日本企業によく見られた、「タバコ部屋」でのコミュニケーションが、トランザクティブ・メモリーを高めていたと考えています。確かに「タバコ部屋」には、いろんな部署や役職の人が集まってくるので、雑談を通して「他部署の誰が何を知っているか」を知ることもあり、横断的なコミュニケーションができます。

人件費削減などの事情で“フラフラおじさん”がいなくなり、健康志向の高まりから「タバコ部屋」が消えていくなかで、トランザクティブ・メモリーを高めるためには、どうしたらよいのでしょうか。

まずは、やはり組織のメンバー間のフェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションを増やすこと。これについては最近、多くの企業が取り入れはじめているように、オフィスの中央にカフェスペースを設けて、コーヒーを飲みながら雑談できる場をつくったり、社内でイベントや交流会などを開催したりするのが有効だとされています。

それに加えて重要なのは、個人が持っている専門知識を、誰でもすぐに引き出せる仕組みを構築し、「誰が何を知っているか」を全員が共有すること。「このことは、まずはあの人に聞いてみよう」とすぐに組織の全員が行動できれば、問題が早く解決するだけでなく横断的なコミュニケーションが活性化され、組織のパフォーマンスが上がるはずです。

さいごに

業務効率化、作業時間短縮などの取り組みが進むなかで、オフィス内にいる人どうしでも、メールやチャットなどでやりとりをすることは当たり前になっています。テレワークなどの普及によって、今後ますます、テキストや音声によるコミュニケーションは増えていくと考えられます。

でもここで、フェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションや雑談の重要性を、ちょっと見直してみてはいかがでしょうか。

参考

『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』入山章栄,日経BP社,2015.

『世界の経営学社はいま何を考えているのか−知られざるビジネスの知のフロンティア』入山章栄,英治出版,2012.

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